この日本での、「基本的な暮らし」ってどのようなものだろう?
私たちの暮らしにとって、基本的に必要なものとは一体なんだろう?
満たされている暮らしってどういうものだろう?
これが最初の、そして最終的に答えを出したい問いです。
「必要」なもの、「基礎的」なものは買えないとまずいし、「必要」なものも買えない暮らしするのは嫌だ。とはいっても、「必要」なもの、「基礎的」なもの、ってどういうものなんだろう?暮らし方って人によってさまざまだから、「必要」とか「基礎的」の意味も人それぞれなのでは?そうすると、それをお金に換算することはできるのかな?同じ金額でも人によって意味が違ってきちゃうかも?
こんな「???」いっぱいの問いの答えを、みんなに普段の生活感覚から導いてもらおう!
というのが、この調査の目的です。
市民に、「基本的な暮らし」、基本的に必要なものってなんだろう、という答えを出してもらうまでのプロセスは、次の図のような具合です。
①・③・⑤・⑦は、市民が参加して、グループディスカッションをします。
2・4・6は、研究チームが主体の回で、グループディスカッションの内容をまとめます。市民と研究チームは交互に作業をします。
全部で7つの段階ですが、私たちの調査チームでは、2011年度、2以降のプロセスを試みました。
詳しい内容を知るには、それぞれの数字をクリックしてみてください。
「①市民:導入グループ」では、誰にでも最低必要な「基礎的生活」とはなにか、イメージを膨らませます。
これからの話し合いの指針になるような、「基礎的生活」の定義を決めることが目標です。
私たちの調査チームでは、このグループの話し合いは省略しました。
2010年に、日本の別の研究チームが、同じ調査を行っていて、その定義を借りました。
具体的には、次の定義です。
市民の話合いでは、「事例(モデル)」の人にとっての「基本的な暮らし」、基本的に必要なものってなんだろう、というのを考えてもらいます。次の架空の個人の「事例(モデル)」を決めました。
石井かなさん |
木村けんじさん |
||
女、 32歳、 未婚、 埼玉の浦和、 単身で暮らしている。 かなさんが住んでいるのは、 賃貸住宅。 |
男、 32歳、 未婚、 埼玉の浦和、 単身で暮らしている。 けんじさんが住んでいるのは、 賃貸住宅。 |
参加者は「かなさん」「けんじさん」と似たような年齢や状況で生活している人たちにお願いします。
その意図は、「事例(モデル)」と同じような状況で生活している人同士の話し合いをしてもらうことであり、自分自身の生活からは距離を置きつつ、しかし、自分自身の生活経験を参考にしながら、実態にあった「基本的な暮らし」、基本的に必要なものを導き出すことにあります。
タウン情報誌に掲載したのは下記の記事です。
大型ショッピング施設周辺での声掛けは、条件に該当しそうな通行人に対し、調査の趣旨を説明した資料をみせながら行いました。
「かなさん」 | 「けんじさん」 |
---|---|
女グループ | 男グループ |
基本的に必要なものといって、まったくランダムに考えるのは難しいので、およそ次の項目別に、順番に話し合っていきます。もちろん、相互の項目に関係がありますので、あとから思い出したことは随時追加・削除します。
参加者が発言した一つひとつのアイテム(量・耐久年数も)は、大きな紙にメモしていきます。みんなで話し合った内容を記録する、共有する意味があります。
研究チーム:早速、まず1番目の議論で、食べものについてから始めたいと思うんですけれど。
生活の中で食べ物、食っていうのは、すごい重要な位置を占めると思うんですが、このイシイカナさんっていう人が1か月暮らしていくのに、食べ物がどんなものが必要かっていうのをまず話し合っていただきたいと思います。
何からでもいいんですけれど、朝ご飯と昼ご飯と夕ご飯、3食必要ですかね。3食は必要ですか。
参加者:はい。
研究チーム:3食必要で、そうするとどんなような食事を取るか、どんな構成か。だから、献立になると思うんですけれど、朝昼晩の献立のイメージ、どんなものを食べるとか。あとは曜日によって、たとえば週末はちょっと違うとか、なんかどんな感じかっていうのをなんでもいいので。
参加者:これあげてもいいですか。
研究チーム:いいですよ。まず、朝食は何を食べますか。
参加者:朝食は、あっ、イメージでですよね。
研究チーム:そうですね。
研究チーム:イシイカナさんだったら何を食べて。
参加者:何を食べるんでしょうね。
研究チーム:食べない方も結構いると思うんですよ。私も食べないし。皆さん召し上がるんですか。
参加者:食べますね。
参加者:私食べない。
参加者:私食べない。
参加者:へー、食べないでお昼までお仕事できるんですか。
研究チーム:結構、大丈夫ですね。
参加者:缶コーヒー飲んだりするとか、朝するんで。
参加者:ありえない。
研究チーム:ありえないとはいえ、あの定義に照らすとやっぱり3食は必要だっていう感じですか。
参加者:食べたほうが理想なのかなって思いつつ、食べてないっていう感じですね。
研究チーム:そうすると、朝、どうですかね。あまり凝ったものは「あー、もう絶対無理」って感じだとすると、パンと何かとか。
参加者:あと、ヨーグルトとか食べる方もいるんで、女性だったら。
研究チーム:全部書いちゃってください。もし、あとで違うってなったら、斜線で消せばいいので。どんどん自由に議論してもらって、どんどんメモしてもらって、「やっぱりあれいらないよね」ってなったら消したり。
参加者:あと、コーヒーとかほしい。
研究チーム:コーヒーは缶なんですか、それとも自分で。
参加者:ヨーグルト食べてるんだったら、入れたりとか。
参加者:入れたりとか家で食べるんだったらね。
参加者:缶よりもね、そういうことですね。
研究チーム:ドリップコーヒーっていうやつですか。
参加者:ドリップコーヒー。
参加者:インスタントか。
研究チーム:サラダは食べないんですかね。
参加者:まあ、サラダ。
参加者サラダですね。あと果物、バナナ、りんご、グレープフルーツとか。まあ、自分が毎日食べてるものなんですけど(笑)。
参加者:バナナ、りんご、グレープフルーツ。
研究チーム:結構食べますね。
参加者:すごいかっちり。
研究チーム:一度にじゃなくて。
参加者:日によって違います。
参加者:毎日同じフルーツだとちょっと飽きちゃうもんね。
参加者:飽きちゃいますね。
研究チーム:パンはどれぐらいですか、分量としては。
参加者:何枚切りとかそういうことですか。
研究チーム:そうですね、6枚切りを2枚とか、8枚切り。
参加者:8枚切り。
参加者:私は6枚を2枚食べないと、昼まで持たないです。いや、お昼が1時からなんで、ちょっと遅いんで。
参加者:すごい。
研究チーム:どうですか、イシイカナさんはどうですか。
参加者:もっと少食の方と思うので。
参加者:あと、チーズも食べます、毎日。
研究チーム:洋食系ですね。
参加者:そうですね。
研究チーム:和食より洋食ですかね。
参加者:和食は食べないです、私は洋食ですね。準備するの大変そうですね。ご飯とお汁ものともう一品とかって、最低でも用意しないと、朝、イシイカナさんはたぶんちょっと準備できないんじゃないかな。
研究チーム:じゃあ、洋食でいきましょう。6枚切り2枚ぐらいでいいですかね、パン。
(つづく)
研究チーム:続いてですね、食べ物が終わって日々の活動ということで、休日と特別な日、一応さっきの話し合いでは働いてるっていうことにしたので、食事だけまず決めたんですけど。休日は週2回ぐらいで、食事も決めちゃいましたが、どんなふうに過ごすか。あと、年に旅行に行ったりするかとか、あと冠婚葬祭、正月、クリスマスとかをどういうふうに過ごすかとかっていうのを、次に話し合っていただきたいと思うのですけれども。
休日を週2回という設定だったんですけれど、どんなことをして過ごしますか。一応、彼女とデートに行くっていうのは入れたんですけど、あと、どこに行くとか。映画見に行くとか、ただ食事する、散歩。
参加者:まあ、映画。
参加者:映画は行きますね。
研究チーム:映画もどれぐらいの頻度で行きますか。
参加者:1、2か月に1回ぐらい。
研究チーム:1、2か月に1回。
参加者:ひと月に1回ぐらい。
研究チーム:ひと月に1回。それは1回いくらぐらいですかね。
参加者:1800円。
参加者:3Dは2200円。眼鏡が100円ぐらいする。びっくりした。
研究チーム:眼鏡でお金を取られるんですか。
参加者:そうなんです。
研究チーム:じゃあ、眼鏡いらないって言ったらいい。
参加者:言えないけど。
参加者:3Dじゃねえ。
研究チーム:言えないんですか。えっ、そうなんだ。
参加者:見たことないんですか。
研究チーム:ないんですよ。眼鏡かけてる人は眼鏡の上にその眼鏡をするんですか。
研究チーム:確かにそうだ。私、あれもらったんだと思ったんだ、眼鏡。
研究チーム:そうなんだ、かかってたんだ。じゃあ、映画いくらぐらいですか。
参加者:2千円ぐらい。1800円。
研究チーム:眼鏡なしっていう感じで1800円。
研究チーム:映画以外でどこか出かける場所としては、休日土日。
参加者:遊園地とかありますね。
研究チーム:遊園地行きますか。
参加者:行かないか。
参加者:水族館は結構行く。
研究チーム:水族館は、それは一人で行く感じですか。
参加者:いや、デート。
研究チーム:ああ、デート。
参加者:一人水族館は結構さびしい。
研究チーム:魚好きなのかなと。
研究チーム:水族館にどれぐらい。水族館どれぐらいっていうか、水族館とか遊園地とかそういったところを含めて。
参加者:そういうテーマパーク的なところ。
参加者:2か月に1回ぐらい。
研究チーム:ふた月にいっぺん。それが水族館だったり遊園地だったりする感じですか。
研究チーム:ふた月に1回。
研究チーム:いくらぐらいかかるんですか。よくわからないんですけど。
参加者:水族館だったら、1500円とか千円ぐらい。
参加者:単純な入館料としてそうなのかなあ。行ったら何かしらするかな。
参加者:ディズニーおたくだったら一回6千円とかかかる。
参加者:ディズニーおたくだったらな。
研究チーム:水族館や遊園地やディズニーランド的なところだと、平均するといくらぐらいですかね。
参加者:行って帰ってきたら、1万円ぐらいなくなってると思うんです。
参加者:交通費は込み?あと?
研究チーム:交通費は、また次聞くんですけど。でも、旅行とかも含めたいので、そこはもうそういうので1万円だったら1万円でいいと考えています。
研究チーム:2か月に1回1万円ぐらい使うような娯楽をしますか?
研究チーム:土日の娯楽。
参加者:まあ、しますね。
研究チーム:じゃあ、1万円で。わあ、すごい。
参加者:ぜいたく。
参加者:キムラさん、結構使うよね、金ね。
あくまで暫定的な価格づけです。
話合いのなかで言及されていた価格をヒントに、それに近い品物を探します。
探す方法は、洋服などはインターネットの検索、食品はさいたま市内のスーパーなどです。多くの人がアクセスしやすい、大型のスーパーや量販店の価格を参照しました。
参照した品物・店・価格を、各アイテムにつき二種類ずつ、表に書き込みます。
「食べもの」については、「献立」と「献立に用いる食材」に分けてまとめました。
その結果が、栄養必要量をみたしているかどうか、栄養の専門家に評価してもらいました。
今回は、話合いの段階から、栄養学科の学生さんが参加して、先生の指導のもとに評価してくれています。
「③市民:事例グループ」の準備、と同様に、参加者集めです。
今回は、タウン情報誌への掲載内容に改善を加えました。
「かなさん」 | 「けんじさん」 |
---|---|
女グループ | 男グループ |
最初に話し合う「食べもの」は、献立を確認し、献立改善のヒントとして、栄養に関するコメントを紹介します。詳しくは、話合いの様子で。
「⑦市民:最終確認グループ」の参加者集めです。
今回は、これまでタウン情報誌をみて参加を申し出てくれていた方を中心に、参加者集めに苦労した結果、「③市民:事例グループ」に参加してくださった方にも声をかけました。
「かなさん」 | 「けんじさん」 |
---|---|
女グループ | 男グループ |
研究チームが修正した表をみながら進めます。
アイテムが足りているか、多すぎないか、耐用年数や価格が適当か、特に、前回から修正した点など、議論が必要そうな次の箇所に重点をおきながら話合いを進めました。
表には、これらのポイントに黄色いマーカーをひきました。
すでに同じ方法で調査した結果や、男女互いの結果を提示し、間での「基礎的生活」の範囲の違いについてもチェックします。
話し合いの結果まとまった、「必要なもの」「基礎的なもの」を表したのが、次のリストです。
「かなさん」 | 「けんじさん」 |
---|---|
品目リスト 献立リスト 食費リスト |
品目リスト 献立リスト 食費リスト |
それぞれのリスト、具体的でかなり長いものです。
このリストにあるものを揃えれば「基本的なくらし」ができるのでしょうか?
リストにあるものを一つ一つ取り揃えて、ゼロから暮らしてみたいです。
話合いをやってみてあらためて思うのは、定義に照らして架空の人の最低限必要なものを積み上げる難しさであり、暮らしの多様性です。
私たちの実際の暮らしは、手元にある、見込める生活費の範囲で営まれます。
もちろん必要なもの、欲しいものを得るために労働量を高めることもできますが、直ちに行うことは難しいでしょう。
ひとが、ある程度決まった収入の範囲内で、必要なものを購入しようとするときの判断基準は、おそらくこの研究で用いた定義ではないでしょう。
それぞれの暮らしの、生き方の価値観が反映されるはずです。
各自の生活スキル、嗜好、つながりはさまざまで、人びとの「くらしのもよう」は計り知れません。
さらに、私たちの実際の暮らしを基底するのは、各自の見込まれる収入や貯蓄だけではありません。生活する場・時間を取り巻く環境、社会にも大きく影響されます。
社内食堂にアクセスできる人は、そうでない場合より1.5倍昼食費がかかるという実感を話してくれた人がいました。
無料で設備の整った住居が、どの人にもアクセス可能な程度用意されているのならば、家賃さらには家具・家事用品ですら自前で用意する必要はありません。
民間の生命保険だって、公的な医療サービスが十分であれば・十分だと思えば、加入しなければならないと思うのでしょうか。
一方で、品目リストには、貯金もなし、保険料、税金は含まれないのです。
ですから算出された数字は、単純に、私たちが普段手にする生活費、賃金と比較できる性質のものではないのです。
☆「くらしのもよう」をさらに考える、番外編もご覧ください。
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話し合いの意図、基礎的って何なのか、分からない??という声が、話合い終了後にあがった。「現実的に考える生活」と「定義に照らし合わせて考える生活」の間で揺れたり、仕事によってずいぶん違うのではないかという疑問があったり、判断がつかないときは沈黙してしまう。
参加者間で「基礎的」の概念が共有されないまま議論がスタートしてしまった感がある。反省になりますが、「基礎的」であることの意味を、少し話し合ってから具体的な項目の話合いに移った方がよかったかもしれない。
はじめに提示する情報はわずかで、居住スペースについても決めていない。話合いのなかでも、先に食べものについて議論しながら、ケーススタディをして、どんな人か決めていく方法をとった。働く人と決めてしまえば、働かない場合はどういうことになるか、という意見を付加してもらうようにした。
ある参加者の意見では、
「派遣社員は、交通費の自分持ちが多い。現状では,交通費や健康診断が充実した常勤職に就くのは結構大変だと思います。今回のケースでは常勤職が前提になっていった、途中からそんな雰囲気だったため、洋服などの金額があがったのだと思います。私的には若干贅沢な気がします。」
研究チーム自身、ディスカッションの大半は誘導に終始してしまった気がした。特に、事例グループは、議論しなければならない項目が多く、時間に追われると誘導してしまいがちになる。
参加者から「トータルの額を下げなきゃいけない流れ(空気?)を感じる」といった趣旨の発言もあった。
また、もう少しうまい議論の導き方もあったのではないか。たとえば、週4日飲みに行くという意見があった時に、そうでもないなという顔をしている人がいたら、「私は週1でもいいのでは、と思いますが、そういう意見の方はいませんか?」と言ってみるとか。
しかしこの問題は、研究チームの能力のみの問題ではなく、むしろこの手法に基づいた調査設計の問題ではないか。本当にそれが可能だとして、市民参加型のディスカッションで生活費を考えるのであれば、この程度の時間のディスカッションでは圧倒的に時間不足である。かといって、長時間の拘束にたえられるような市民層というのは、「普通の市民」なのであろうか。土日の数時間に付き合ってもらうのもとても大変なのに。
稼働年齢層を対象とする場合、開催日は土日がよいかと考えた。ところが、意外と土日勤務平日休みの仕事に就いている方が多かった。休みの場合でも、すでに予定のある方も多かった。
せっかくプロジェクトに関心を持っていただいた方がいても、日程調整ができず、参加して頂けない方が続出した場合、参加者を集めるのに苦労した。
協力して下さった参加者には「偏りがある」、「日本社会の標準的な人とは思えない」、といわれれば「そうかもね」と言うしかない。
開き直りになるが、一体世の中に「標準的な人」なんているのだろうか?「標準的な人」など想定できないとすれば、参加者の特性による影響を考慮するより重要なことは別にある。
ぜひ他の「難関」を見てみてほしい。
話合いのなかで、ある案が出ると、それに同意するパターンが多く、意見が対立する場面が少ない。参加者が、20代30代と、比較的年齢層は近かったが、初対面同士で意見をたたかわせるのは難しいように思えた。とはいえ、積極的に発言してもらえたので、決まった内容が一人だけの意見というわけではない。キャラクターの違いもあるのだろう。よく話す人、あまり話さずうなずくことの多い人など、発言の機会は平等でも、影響力には違いがあると感じた。
最初に開いた「事例話合いグループ」は、10時~16時までとかなり長い時間を使わせてもらった。各費目の個数、耐久月数、金額について、かなり詳細に一つ一つ検討してもらえたという印象がある。それでも、話合いの時間は足りないように感じた。研究チームが、時間が足りないと感じたときに、議論を誘導していないか心配である。
他方で、稼働年齢の方にこれ以上の時間をもらう、長時間拘束して疲労させることを避けるために二度に分けて集まりってもらう、などすることをするのは難しそうである。今回の参加者も、普段は毎日残業していて、土日休みは休むことに費やす時間がかなりあるようである。そのなかで参加してくださった方々に深く感謝している。
「事例話合いグループ」も「確認グループ」でも、洋服について、それなりの格好をする必要があるから<全部ユニクロ>というのはあり得ないという意見で一致した。ブランド物のカバンが必要という声があって、ヴィトンを入れたが、コーチにしようという話合いの結果であった。化粧品についても、30代なのでそれなりのものをという意見あった。たとえば、参考価格には、「@コスメ」というHPの売れ筋ナンバー1というのを並べて紹介してみたが、こちらの方がよいという意見にはならなかった。
話しあいの目安とした項目をもう少し生活感に根差して練ればよかったかなと考えている。
たとえば、パソコンやインターネットなどのツールは、ゲームなどと連動してそれ自体が娯楽・趣味の道具として捉えられることもある。たとえば、携帯電話のゲームを趣味として使う人の場合、そうではない人に比べて携帯電話の使用料金は高くなるはずである。そのすべてをコミュニケーションの費用とするのか、一部を趣味の費用とするのかは問われてよいことかもしれない。
趣味で用いる衣服と、通常の衣服を分けて議論させようとしたが、これはあまり望ましくないと感じた。たとえば、山登りや自転車などの趣味に用いる衣服は通常の衣服と兼用されることもある。あるいは、生活に必要なアイテムを思い起こす時、多くのひとはその保管場所を頭に思い浮かべているように思う。衣服に関して、趣味の衣服と通常の衣服を分けて収納していない場合、衣服は衣服として趣味の衣服も含めて挙げてもらったほうが議論しやすいのではないか。
「けんじさん」については、仕事内容が何かを決めないと話が進まないという意見が大きかった。「内勤」か「外勤」か、社食があるか、で昼食のあり方が違う、民間企業なら20時、21時まで残業するのが当たり前、という意見に皆が同意した。ひとまず、17時30分頃にはあがれるはずの公務員=「内勤」という設定にし、これを基本としながら、他の仕事に就いている要素も踏まえつつ、現実的で基礎的な範囲を定めることを作業の方針とした。洋服も、仕事用と私服用に分けて議論する。男性グループの話合いは、常に、どのような仕事についているか、その仕事がどのような勤務形態か、夜間勤務があるか、出勤時間は何時くらいか、などなど想定できないと、ほとんど議論を進めることができなかった
「単身で生活していたとしても男性の生活に家事労働は組み込まれてないのだなーと思いました。」
「けんじさん」は、現時点で、週一回は飲み会&そのほかの外食を想定しており、総生活費が高めになっている。32歳というモデル年齢であって、パートナーとの関係を維持すること、後輩などに奢るといった人間関係を構築すること、毎食一人で食事をするのは寂しい、などの意見があってのことである。参加者としては、それが当然という意見が多数を占めた。
この意見は当然取り入れるのだとしても、逆に奢られる状況、ギブ&テイクのテイクを想定できないのはバランスが悪い。このために、生活費が高額になるとも考えられる。食べ物や衣服、プレゼントの交換など、与える方は想定できても返される方もらう方は、その量を想定できないため、表には入れ込めない。基礎的生活の「人間関係を維持できる」に鑑み、奢る費用を計上しているわけだが、奢られる場面を想定できないのは、正確さを欠くと感じる。
今回の、一つひとつモノを積み上げるという方法の強みは、中身が見える、ということだった。しかし、この強みが生かし切れているか疑問な面がある。
中身がわかることが強みだといいながら、最終的に計算される生活費=数字を重視してしまう。
最終確認グループでは、未決定の項目を明確にしたうえで、他所で行われている最低生活費の数値との比較をしてもらった。本調査は、他所より高い水準になっており、参加者もモデレーターも、もう少し低めに抑えようという意識が働いた面があったように思う。しかしながら、結果として、ほとんど水準は下がらなかった。それは、品目リストから削れそうなものがなかった、という極まっとうな理由による。洋服や食器のアイテム数でみても、家具の少なさから考えても、これくらいの見積もりは必要であろうというのが参加者の総意である。
一つひとつみれば、決してぜいたくには見えないのに、金額にしてしまうと、ぜいたくに感じてしまう額になる。
あらためて、私たちが何を入れて、何を入れなかったのか、バスケットの中身を確認し、そこから生活の必要について考察を深めることが大切だと思う。
長いリストにみえて、入っていない項目もたくさんあるのではないか??
そこで、試みたプロジェクトがある。番外編「たろうくん」をご覧ください。
MISという「くらしのもよう」の“元ネタ”について、ちょっと専門的な話です。
このHPで試みている基礎的な生活を考える方法を最初に開発したのは、英国のラフバラ大学Centre for Research in Social Policy (CRSP)とヨーク大学のFamily Budget Unit (FBU)の共同チームです。
HPがあって、方法や結果が詳しく掲載されています。英語のページですが、ぜひご覧になってください。
http://www.minimumincomestandard.org/index.htm
日本では、2010年、東京・三鷹周辺に住む人に協力して頂いたプロジェクトを実施しています。こちらは詳細なHPはありませんが、研究組織などの情報は、下記からご覧いただけます。
「国立社会保障・人口問題研究所年報 平成24 年版(2012 年版)」19頁以降
また刊行物として、『社会政策』第4 巻第1 号(ミネルヴァ書房)に、方法から結果を論じた文章が載っています。
英国で最初に試みられたプロジェクトは、Minimum Income Standard for the United Kingdom、とよばれ、以下MISとします。ちなみに日本では「最低所得基準」と訳されています。
MISは、ラフバラ大学とヨーク大学の研究チームのコラボによってつくられました。
それぞれの大学には、これまで開発してきた生活費の測定方法がありました。
ヨーク大学が得意としてきたのは、さまざまな資料、栄養や光熱費に関する専門家の知識、消費者への質問紙調査、生産者からの情報(物の耐用性など)、消費データや支出データなどを活用する方法です。
ラフバラ大学が得意としてきたのは、普通の人びとが話合って「合意」しつつ生活費の中身について決定していく、という方法です。
この二つの方法を組み合わせてみよう、というのが、MIS発想の原点です。
MISでは、市民からなる参加者が生活費の中身について話し合い、専門家(研究チーム)がかれらの決定についてチェックし、改善・修正のアドバイスするのです。
MISがイギリスで最初に実施した結果に関する報告書は、2008年に出されています。
詳細は、「プロセス」のページをご覧になってください。
MISの最大の特徴は、市民からなる参加者がミニマムな生活の内容を話し合って、受け入れ可能な生活費を算定することにあります。これは、誰ひとりの生活もそれを下回るものであってはならないという水準です。
とはいえ、ちょっとわかりにくいのは、MISは、新しい貧困線でもなければ剥奪指標でもなく、何か不利な状況を定義するための概念でもないとされていることです。生活保護の基準、最低賃金、相対的貧困線、物価の推移などと比較することで、政府の施策が低所得世帯の人々にどのような影響を与えるかについて示唆を与えるのが目的だというのです。
それは、話合いの様子からも分かるように、同じような状況(性別・年齢・居住場所)にある人でも、みなが全くおなじものを必要とするわけではないことによります。それぞれの生活を考えると、このプロジェクトの結果表に、追加で必要となるモノ、要らないモノがあるでしょう。すべての個人にとって最低必要なモノ、所得水準を示すことはできない、というのが含意です。
だからこそ、市民参加によって、何が必要かを決めるだけでなく、なぜそれが必要かを話し合うことが肝要なのです。
私たちは、それぞれの生活を営む「専門家」です。でも、同じ社会の中で生きていて、みんなが必要とする部分もあるだろう、それってどんな部分なんだろう、というのをお互いの生活をもとに架空の個人について話合いながら考えてみよう、そしてその明らかになった部分は社会が保障する仕組みでありたい、と考えます。
とはいえ、MISって、そんなにいい方法なのか?疑いをもった方もいるはず。
そんな方は「番外編 教授のお話し」をご覧ください。
私たちが実施したプロジェクトについては「難関」と書かれた二つのページをご覧ください。
研究チームは、社会福祉にかかわる問題に関心をもち調査、研究しているメンバーからなります。岩永理恵(神奈川県立保健福祉大学)と堅田香緒里(埼玉県立大学)の二名が中心となり、山口睦深さん、山下麻代さん、2011・2012年度当時それぞれの大学で学んでいた学生である木下ちはるさん、下西完奈さん、中島亜衣さん、根本奈央子さん、舟木正成さん、水間有紀さん、若山さとみさん、そして神奈川県立保健福祉大学教員の五味郁子さんの協力を得て実施しました。
なお、このページ作成を含む調査研究は、このページ作成を含む調査研究はJSPS科研費22530606を得ています。
この調査に協力してくださった参加者のみなさまに感謝申し上げます。
私たち研究チームは、実際にプロジェクトを実施する前の2010年8月末から9月にかけて、MISに関係する研究や実践をおこなってきた人びとにヒアリングを行いました。
ヒアリングの日程と応じて頂いた方の一覧です。
訪問日 | 訪問先 | |
---|---|---|
1 | 8月31日(火)10時~ | ヨーク大学Professor Jonathan Bradshaw |
2 | 9月1日(水)10時~ | ラフバラ大学CRSP Mr. Donald Hirsch |
3 | 9月3日(金)10時~ | ラフバラ大学CRSP Ms. Abigail Davis |
4 | 9月6日(月)12時~ | オックスフォード大学Professor Robert Walker |
5 | 9月7日(火)15時~ | Ms. Deborah Littman (the Trade Union Unison) |
6 | 9月8日(水)14時~ | ニューカッスル大学 Professor John Veit-Wilson |
7 | 9月13日(月)9時30分~ | Observatoire national de la pauvreté et de l'exclusion sociale (national observatory on poverty and social exclusion) |
ヒアリングにあたり、あらかじめ訪問する方の著作や資料を読み、質問項目を用意し、さまざまなことをうかがいましたが、ここでは、私たちが当初から抱いていた疑問や実際に直面した「難関」に照らして、ご紹介します。
貧困について考える方法はさまざまある、というのが一番よい回答だろう。とはいえ、もう少し説明しようとすれば、貧困研究者も、研究者集団も、みんな混乱している。なぜ混乱しているかといえば、貧困が政治的変化の道具立てになり、社会状況によって変化するからである。この二つ事象は、必ずしも同じではない。一般にイギリスの人びとは、貧困という語句を用いない。その理由の一つは、貧困とは悪い状態を指すためであり、もう一つは、貧困がイギリスに存在するかどうかよくわからないためである。後者の点は、言い換えれば、貧困が絶対的なものか相対的なものか、という議論である。タウンゼントの議論とセンの議論があるが、どちらも貧困とは社会現象社会的状況であって、経験的に現実世界のものとして理解しようとしている。この文脈のなかでMISは、十分だと評価できる線、線を引いてよいと判断する材料を提供するものである。教授Cの考えは次の通りです。
MISとこれまの貧困研究との関係について。まず重要なことは、これまで「貧困」が意味するところが正確に合意されたことは決してないという点である。貧困を定義するには様々な方法があり、さらに20世紀に入ってからは、政府が「最低限」とか「公的扶助基準」などを開発したため、貧困線は混乱した状態にある。
人びとは、貧困について様々な見方をもっている。重要なことは、貧困とは何かが社会によって異なるという点である。タウンゼントが定義したように、さまざまな種類の選択肢、生活様式、慣習的な行動パターンなどをとることができない。MISは、この観点に立って、慣習的な生活様式をみようとしていて、そのなかでどの程度が許容可能かをグループ・ディスカッションするものである。
次に、完全に政治的な話であるが、政府がどの程度支払うか、という問題である。歴史をさかのぼると、ベヴァリッジ報告では、最低賃金の水準を決め、それより少なめで給付基準を決定した。この仕組みが、現在のイギリスの制度にも生きている。賃金について、さまざまな議論があって、生活賃金を獲得すべきだ、という議論もある。MISは、賃金と給付双方の議論を一緒に扱うという利点をもつ。
最後に、現在のイギリスでは、「The Spirit Level」という本をきっかけとして不平等に関する議論が盛んであるし、これまでに不平等が不健康と関連があることを示す研究成果が発表されてきた。そのなかで、どの程度の低所得が不健康やその他の良くない状況と関連するか示すのに、MISを利用することができると考えられる。
MISがいかにして「合意」であると正当化可能であるのか。これには二つ回答がある。
MISの方法論では、多数派が何を考えているか、などみる必要はない。MIS取り組むのは、最低生活費を考えるに当り、なるべく幅広い人に関与してもらおうというものである。それも、ただ一緒に考えるというのではなく、一緒に作業する。現実世界では、様々な見方があっても、社会として共同している。すべての人が厳密に合意しているものではないが、結果には満足している。最低生活費を決めるのに、共同する場に人を集め、相互に関わり、共通点や共通した見方を明らかにさせるのが、MISの方法論である。
「合意consensual」というより、どちらかといえばnegotiated budget standardというイメージだという。本当の「合意consensual」ではないが「折り合いnegotiation」をつけることはできる。この点から、あなたたち(注:私たちの研究チーム)が主張したようにMISは結果より過程が重要だ、という意見に賛成だが、皮肉にも研究費を補助している財団は結果を重視している。そうすると、質的調査は量的調査より劣っていると考えがちな政策策定者らにどう反論するかが問題で、MISチームの関係者は結果の出し方に苦慮したであろう。
MISがいかにして「合意」であると正当化可能であるのか。MISは、まず所得(income)ではなく、最低限(minimum)をたずねるものである。それは、所得からはじめると、市場化されていない物は入手不可能であり、議論の対象とならないからであり、モノについて話す方が、参加者やから多様な回答を引き出せるからだ。
「合意」とは、参加者が形成したグループの中の話である。議論した結果が、何か(たとえば所得保障の政策)を議論するたたき台になるわけではない。MISが企図された理由は、イギリスにはすでに貧困線――大多数の60%水準――があり、普通の人びとがこの60%の中身にどういうモノが含まれると考えているか、明らかにすることにあった。
「合意」というのは、相対して話し合うことで得るものである。MISが、国民の「合意」にもとづくというには、仮想的だが、グループ・ディスカッションを無数に重ねていくことになる。仮にそのようなことができたとしても、階級の違いという問題にぶつかる。これは政治的な問題であり、今十分な資源を持っていない人への再分配の話をする必要が生じる。これはMISでは扱いきれない。
教授Aによると、MISに「合意アプローチ」を導入することで、算定した生計費にいくらか民主的な正当性を付与することに成功したとのことです。しかし、本当に民主的な手法とは言えないとも言われました。わずかな人びとが集まって、考え、議論したものであるからです。そして、政策的にも大きな影響を与えたとは言えないと言います。
とはいえ、実際にやってみて実感しましたが、このプロジェクトはたいへんな時間と人手がかかるたいへんなものです。MISは、実施費用をJoseph Rowntree Foundationという財団から得ていますし、成果を広く社会にアピールすることは不可欠です。
MISチームのメンバーは、このことを十分意識し行動しているように見えました。
アピールの仕方はいろいろあるようです。
UNISONは、民営化された公共サービス部門、清掃や料理の提供などに従事する、最底辺の賃金労働者にも関心をもっている組織です。UNISONがMISに関心をもった経緯は、1999年までイギリスには最低賃金がなく、最低賃金キャンペーンに関与したことにはじまります。1997年から1999年に、はじめての最低賃金らしきものが設定されたのですが、それは男性稼得中央値の半分で、3.6ポンドでした。これはあまりにも低いと思われましたが、低いことを明確にする尺度が必要でありました。これが、MISに着目するそもそものきっかけでした。
他方で、UNISONとは別の運動の流れもありました。The East London Community Organization(TELCO今はLondon Citizens)という、協会やモスクや学校などが連携したコミュニティ組織です。TELCOは、アメリカのIndustrial Areas Foundation(IAF)という組織と関連があって、この組織は「生活賃金キャンペーン」をはじめていました。影響をうけて、TELCOは生活賃金キャンペーンをはじめていました。2001年のロンドンでの最低生活費を策定してほしいとFBUに依頼したのです。2004年のロンドン市長選では、の最大の焦点は生活賃金でした。生活賃金を一番に掲げることで、コミュニティにおける住宅、医療、教育の貧しさや犯罪、コミュニティからの排除が関係していることを理解できたのです。
このキャンペーンにUNISONも加わって、市長選の候補者に、市長になったら、ロンドンの生活賃金を計算するユニットを立ち上げ、その計算した賃金を労働者に支払い雇用者に支払うよう促すかたずね、すべての候補者の答えはYesであした。そしてKen Livingstonが市長になった。そこでLondon CitizenやUNISONは、市庁舎で生活賃金策定のチームを組みました。そのチームは、彼らがマーケット・バスケットとよぶものを用いています。ただ、そのやり方は少し奇妙で、MISを用いるよう助言しているが、彼らはまだ自分たちの方法に固執しているといいます。とはいえ、ロンドンは自前の生活賃金を持っていて、市長の責任の下にある組織で働く誰にも、その額が支払われなければならないことになっています。
排除に対する法律にもとづき1998年に設立し、不安定、貧困、社会的排除やこれらに関係する政策に関する情報や資料を収集、分析するという任務のため、1999年7月に設置されたものである。観測所は、ワーキングペーパーや調査、評価差促成について、特定された予算をもっている。外部の資格をもった22名を構成委員とした完全参加の会議を少なくとも月に一回開催する。毎年、政府や議会に報告書を提出する。
多くの方にたいへんお世話になっています。
研究の進行に多大な時間を割いてくださった、五味岳さん、保坂ゆり恵さん、増田桂子さん、
素敵なホームページ作成を作成してくださっている石垣真里子さん、
ヒアリングにご協力くださったイギリス、フランスのみなさま、
人集めにご協力くださった株式会社ぱどのみなさま、
日ごろからお世話になっている、大岡華子さん、田中暢子さん、鳥山まどかさん、
ありがとうございます。
また、私たちの研究は、最初にMISを日本で試みた、厚生労働科学研究費補助金 政策科学総合研究事業(政策科学推進研究事業)「貧困・格差の実態と貧困対策の効果に関する研究」のメンバーである、岩田正美さん、阿部彩さん、卯月由佳さん、重川純子さん、山田篤裕さんと福山洋子さん、進藤理恵さんたちの多大な手間ひまをかけた研究業績の上に成り立っています。